第15話 (七)白蛇伝~「コムカラ峠」外伝~

2014.07.14, 月曜の朝, コムカラ峠

~2014.07.14(月)~

 猛暑が続くある土曜日の夕方、ちょうど私が外から帰ったその時、突然、雪ちゃんが台所で血を吐いて倒れた。血相を変えた幸ちゃんと裏玄関で鉢合わせになったが、彼女は振り向きもせず「お医者さん!」と叫んだ切りで髪を振り乱して表通りへ飛び出して行った。台所で夕飯の支度をしていたところへ目の前で雪ちゃんがいきなり血を吐いたのだから慌てふためくのも無理はない、そのまま家事を放り投げ辺り構わず病院へ走ったのである。台所を覗くと母と家人たちがうつ伏せになった雪ちゃんを囲み放心状態でしゃがみ込んでいた。家人のひとりが「幸ちゃんがお医者さんを呼びに・・」と言って抱き付いて来たので、「今、玄関で・・」と答えると、首を大きく縦に振って頷き「お医者さんがきっと治してくれるわよね!」と念を押すように熱い目で私を睨んだ。「しっかりして!」と母が目を閉じた雪ちゃんの耳元で叫び、傍には赤く染まったハンカチや手ぬぐいが散らかったままの状態で“命が危ない!”と悲鳴を上げているみたいだった。家人を押し退け急いで雪ちゃんの手を握ったが、頭の中が真っ白で何ひとつ言葉が出ず、青白い顔を眺めるうちに熱いものが込み上げて来た。
間もなく汗だくになりハアハアと息を切らした幸ちゃんが医師の手を握って現れた。何処で靴を脱ぎ捨てたのか?泥だらけの裸足が震えている。医師が雪ちゃんの枕元に座ると素早く小さなライトを照らして目を覗き込んだ。これを見届けた幸ちゃんが安心したのか・・身体から力が抜けたように柱にもたれるとそのまま尻から落ちて板の間にべたりと座り込んでしまった。慌てて母が抱き起こした。すると、涙を一杯溜めた彼女が母の背中越しに私を見詰め「どこへも行かず・・部屋に戻りなさい」と声を詰まらせた。「お店は休みですから早く夕飯を済ませなさい」と沈んだ母の声に家人たちは顔を見合わせ「はい」と神妙に答えたが、いつまでもその場から離れようとはせず、いつも賑やかだった夕飯時は何処かへ吹き飛んでしまった。大広間は誰も電灯を付ける者が居なくて辺りは真っ暗闇だったが狭い台所だけが灯りが赤々と点り、まるで雪ちゃんのか細い命を照らしているかのように見えた。
「容態が危険」とのことで医師が病院から救急車を呼ぶと言う。「そんなぐずぐずしていられない!」と正気に戻った幸ちゃんが急に怒鳴り、みんなで雪ちゃんを病院へ担ぎ込むことになった。「病院へ連絡したいのだが・・」と医師が迷っているのを傍で見ていた母が直ぐさま「電話ならあります」と答えた。我家の電話番号は130番、当時では電話が付いている個人の家は珍しく母の自慢のひとつでもあった。幸ちゃんが物置小屋からリヤカーを取り出し裏玄関に付けると、手際よく雪ちゃんの部屋から寝具を持って来た。その仕草を見届けた母が雪ちゃんの頭をゆっくりと持ち上げて小さな声で「行くわよ」と声を掛けた。家人たちが左右に分かれみんなで雪ちゃんを抱き起こすと狭い台所をにじり出て裏玄関まで運んだ。リヤカーに敷いた布団の上に彼女をそっと寝かせると「もう大丈夫」と母の落ち着いた声に家人たちも少し安堵した様子だった。だが、雪ちゃんはぐったりしたまま少しも動かなかった。表通りに出ると家人たちはリヤカーを囲み人目を避けて知らぬ振りを決め込み足早に病院へと急いだ。幸ちゃんが先頭でリヤカーを引き、私は邪魔にならぬようにと少し離れて追いかけた。街中は赤々とネオンが点っていたが、橋を渡った向こう岸には不気味な暗闇が大きな口を空けて待っている。
病院は表通りを左に折れ新橋を渡ると直ぐ左側の川沿い、歩いて10分ぐらいのところであった。夜間の入り口には赤い街頭が灯り、既に二人の看護婦がタンカーを用意して待っていた。はじめて入る病院の廊下はし~んと静まり返り、暗くて薄気味が悪い上に行く先を教えてくれない不親切な看護婦に私たちの不安はいっそう募るばかりだった。看護婦は大切な雪ちゃんの命を預けた恩人だと思えば不満など言ってはおられない、私たちはまるで家来のように従順な態度で一列に並び看護婦の後を付いて行った。本館から離れた病室の前まで来ると医師が「ここでよろしい、後は看護婦に任せて下さい」と冷静な口調で私たちに告げた。付き添った母が珍しくうろたえ、雪ちゃんの顔を覗き込むと「先生、いったい!具合はどうなんですか?」と声を荒げた。「詳しいことは何とも言えません」と無愛想な答えを残して医師がさっさと病室に消えると、婦長さんから「ここは完全看護です」と言い渡され、私たちは止む無く家に戻ることにした。
 翌朝、幸ちゃんと一緒に衣類や洗面具を持って病院を訪れた。病室のドアに「面会謝絶」と書いた札に目が留まり、病魔が雪ちゃんと私たちの間を引き裂こうとしている赤信号だと思うとやり切れなかった。恐る恐るドアと叩くと、中から目を腫らした母が出て来て“肺結核よ”と、うめき声を挙げた。昨晩、私たちが帰った後で母は今夜ばかりは見守りたいと強引に医師に頼み込み、病状はその時に知ったとのこと、当時、肺結核は不治の病とされていた。日頃から元気で働く雪ちゃんの姿から到底想像も付かないこと、しかし、目の前で震えて泣いている母を見ると、紛れもなく悲しい“現実”に直面していることに迫られ、この場から決して逃げることは出来ないと覚悟をしなければならなかった。悲しいと言うよりも“死の影”が恐ろしかった。
幸ちゃんが青い顔して「お母さん!」と言い掛けたが声が詰まって言葉にならず、黙ったまま持って来た風呂敷包みを差し出した。彼女の手もぶるぶると震えていた。母が「少しだけよ」と労わるように肩に手をやると、彼女はとうとうシクシク泣き出した。母はこの日から家人たちに対しては少しだけの面会時間は許したが、看病は自分の仕事だと言い張り他人には決して譲らなかった。その上、雪ちゃんの寝巻きや下着の洗濯や食事の支度は家人のそれとは厳重に区別して処理すると自分自らが病院へ運んでいた。私や家人たちに感染することを恐れたのだろうが、猛烈に責任を感じた母は最後まで“母親の役”に徹すると思っていたに違いなかった。
それから2、3日が過ぎた。朝早く病院から帰って来た母の代わりに幸ちゃんを誘って雪ちゃんを見舞った。学校は少しばかり遅刻しても平気だった。途中、青々と茂る樹木が川面に長い影を浮かべる光景に出会い思わず立ち止まった。垂れ下がった枝には小さな葉が幾重にも重なり露が光っている。いつものことだが、何故か?この日ばかりは短い夏を惜しむかのように妙に涼しげで晴れ晴れとした光景に映った。ふと、病魔に取り付かれた雪ちゃんや父のことが脳裏に浮かんだ。何故?人は例外なく死ぬのか・・無性に腹が立ち悲しくなった。だが、青々と茂る樹木は暑い日差しに耐えながら深い流れに逆らうことなくさらさらとその影を川面に写していた。この千歳川は私たち運命のすべてを知っている・・と思った。「雪ちゃんが待っているよ」と幸ちゃんが私の手を取り再び歩き出した。
 病室の前に立つと「面会謝絶」の札が消えていたので幸ちゃんがニコリと笑みを浮かべた。ドアを開くと回復した元気な雪ちゃんが待っているはずだった。だが、彼女はベットの上で仰向けになり額に氷嚢を乗せて静かに目を閉じていた。枕元に置かれた白い洗面器が油断出来ない状況を伝えていた。しばらくの間、私も幸ちゃんもその場に立ったまま彼女の寝顔を眺めていた。枕元に酸素マスクが置いてある。薄暗く閑散とした一人部屋で妙に湿っぽく広さは六畳ぐらい、壁にはカレンダーが貼ってあり、過ぎた日付には赤い印が付いていた。早く退院したいと願って雪ちゃんが毎日付けていたのだろう。窓には青い空が広がり、木々の間から千歳川が見え隠れして土手には今通って来た道が白い線を描いていた。遥か向こうに新橋が見えるので雪ちゃんの気持ちが癒されるだろうと思うと少し救われた気がした。この土手を歩いて行けば直ぐに家に帰れる・・そのことを彼女に伝えたかった。
外の物音で雪ちゃんが目を覚ました。起き上がるのを支えてやると彼女が右手を広げてじっと私を見入り「熱は少しあるけれど昨日よりらくよ」と微笑を浮かべた。だが、顔付きはすっかり変わり痩せ衰えた頬と窪んだ目もと、血の気を失った唇が痛々しく思えるばかりで励ます言葉も見付からなかった。幸ちゃんも黙ったままだった。雪ちゃんがじろりと鋭い目線を私に投げ「トシさん、その後下駄屋へ行ったの?」と尋ねて来た。もちろん、あれから老婆には会っていない・・しかし、私たちの秘密はとっくにバレている・・と、自分に言い聞かせた。“あの日、下駄屋で会ったこと”が今でも彼女の心を苦しめていると思うと胸が痛んだ。私の胸中を察したのか「お母さんからもらった手紙、本当に嬉しかったわ」と彼女が話題を変えた。「そうさ、母さんはすべて承知の上さ」とわざと明るく振舞うと、安心したように彼女は再び横になり目を閉じた。寝顔は女神のように気品に満ちて美しかった。雪ちゃんが教えてくれた支笏湖に棲む主にそっくりの顔立ちであった。
私は最後まで秘密を守り続けたので悔いは残らなかった。だが、雪ちゃんに降り掛かった不運の全てを知らず知らずのうちに覆い隠してしまった母の摩訶不思議な底力にまざまざと触れた気がして神妙な心持に駆られていた。この時、彼女の病状は私たちが想像するよりもはるかに重く進行していて、それから間のなく雪ちゃんは母に看取られて息を引き取った。雪ちゃんの最期を見届けたのは医師と看護婦以外には母一人だった。千歳神社の祭礼が迫った夏の終わりの暑いある日のことであった。(つづく)