第11話 雨ニモマケズ・・・

2013.04.01, 月曜の朝

~2013.04.01(月)~

 先日、(株)JR北海道に勤める知人より札幌駅JRタワー設立10周年を記念する催事とのことで「雨ニモマケズ」と題した宮沢賢治展の入場券とパンフレットを頂戴した。
 その冒頭に「東日本大震災から2年が経過し、東北が復興を目指す中(中略)彼が生まれた年には明治三陸地震、そして亡くなる約半年前には昭和三陸地震が起き・・賢治にとってその生涯は、天災・凶作との戦いの連続であったといえるかもしれません」と記され、その不運な巡り合わせが東日本3.11と重なり今更ながらに恨めしく思った。思い起こせば私の子供等3人が揃って小学生の頃、夏休みを利用した家族旅行で会津を訪れた折、花巻の「宮沢賢治記念館」に立ち寄った。その時「記念に・・」と賢治が畑中で一人佇む写真と「雨ニモマケズ・・」の小冊を買い求めた。開通したばかりの東北新幹線(盛岡~仙台)の中で子供達と一緒にカタカナで綴られたその詩を大きな声で朗読した思い出がある。子供等は賢治のファンになり、私の方は、現在、その小冊と写真を執務室の壁に掛け、時々往事を懐かしみながら仕事の合間に賢治のことを考えたりしている。
 3月16日、土曜休暇を幸いに午後からJRタワー会場(プラニスホール)に出掛けた。
  最終節「ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ、サウユウモノニ、ワタシハナリタイ」の一節は、前段を巡る「小サナ萱ブキノ小屋ニイテ」、他人のために必死で東奔西走する賢治の熱望と絶望が同時に見え隠れする。耐え忍び苦闘を続けて来た末に死を覚悟した自分を“木偶の坊”(役に立たない者)と言って存在を打ち消し、“無”に帰そうとする心の有り様(祈り)は悲哀を越えてある種の不思議な不気味さを感じさせる。執務室に飾った写真を見ていると、人間が“自然”を相手に“科学”をもって相対峙する時、神を恐れぬ者を如何にして裁くのか!この愚か者たちを追い払い、行く手に待ち受ける不気味な存在を知るために!賢治は怖れおののきその謎を解き明かそうとしている。  たとえば、この度の大惨事である原子力発電所の件を問えば、「エネルギーと経済問題」とする視点は底の浅い議論に他ならず、根底には「いのち、子々孫々に至る日本人の尊い生命の継承問題」が未来を遮っている!この絶望的な予兆を目前にして恐怖に怯えながら必死に祈っている賢治の姿が見えて来るのである。(終)